銀杏企画30周年Aさん・Sさん 対談 パート1

銀杏企画の創始者である、前理事長のAさんと、現理事長のSさんの対談を30周年の記念として企画し、3月15日に銀杏企画にて行いました。是非対談を読んで銀杏企画をより愛してくれるとうれしいです。

司会)これから銀杏企画30周年、AさんSさんの対談を始めたいと思います。今日はお忙しいところお時間をさいていただきありがとうございます。この対談は4月に発行する、「本郷の森便り」の特別企画「銀杏企画30周年を振り返って」に掲載されます。よろしくお願いします。
 
<質問1>
 司会)まず、最初に2月10日、文京区民センターで行われた銀杏企画30周年記念式典を終えての感想をお聞かせください 。

A)30年っていうのは、あっという間だった気がします。そして30年も頑張ってきました。そういう感慨深い、嬉しい気持ちがあるし、やっていてよかったなぁと思います。30年間もやってきたという達成感もあります。そのように思います。

S)当日は266名の方がいらっしゃって、私もいろんな法人の式典に出ていますが、これだけメンバーの人がたくさん来る式典はないので、凄いなあと思いました。

司会)ありがとうございます 。

対談 写真 モザイク済み

<質問2>
司会)次に、銀杏企画の30年間の中で、「一番頑張ってきたこと」「大変だったこと」が何かあれば教えて頂けますか?

S)大変だったことですか?何が大変だったかな?最初、M先生にやってほしいと言われましたが、正直、作業所ってよくわからなかったです。メンバーとK婦長さんっていうDHを定年退職された婦長さんと一緒だったんですが、どうしていいかわからなかったことが一番大変でした。まずは場所を探すのが大変で、引っ越してはダメと言われたこと何回もありました。

A)小規模作業所から組織が変わりました。

S)銀杏企画サードが、国の方針で小規模授産施設になりました。そうすると社会福祉法人が取れる制度がありました。そういう時に銀杏企画サードが小規模授産施設になったのが大きな転機でした。それまでの「銀杏企画運営委員会」という団体から、国に認められる「社会福祉法人」になりました。(※都の施設から、国の認可施設へ変わりました。)

A)いろいろ予算の配分が変わり、運営もどうしていいか分からないことがありました。そしてどういうふうに予算が降りてくるか、分からなくなりました。今までと、仕組みが変わって、人数が沢山集まらないとお金を沢山もらえない状況になりました。メンバーが沢山集まるか分からなくなりました。そのように仕組みが変わり、その後、銀杏企画として存続できるのかが心配でした。他方で「グループホーム」というNPO法人を「本郷の森」に合体したり、いろんな組織の改編をやってきたというところが、すごく大変でした。

S) 規模がだんだん大きくなり、それまでは作業所もだいたい3つくらいだったのが、今では30人くらいになりました。やはりそれでは、ついていけない部分もありました。それまで12人くらいだったのが大きくなりました。

司会)ありがとうございます。

次回(パート2)へつづく

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(オバQ)

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